働き方が多様化し、フリーアドレス制やテレワーク・リモートワークが定着するなかで、「固定席は古い働き方の象徴」という価値観も生まれました。しかし、多くの企業で固定席の価値が見直され始めています。とくにIT業界では、エンジニアの生産性を最大限に引き出すために、あえて固定席を選択する企業も増えています。
そこで、本記事では、固定席オフィスの新しい可能性や活用方法を紹介します。フリーアドレスとは異なる視点で、従業員の働きやすさと企業の競争力を同時に高める、現代的な固定席オフィスのあり方をお伝えします。
近年、オフィスデザインのトレンドとして、フリーアドレス制(従業員が固定の席を持たず、その日の業務内容や状況に応じて自由に席を選んで働く制度)が広く採用されてきました。しかし、最近では、IT業界などの職種を筆頭に、固定席の価値が再評価されています。
この動向の背景には、エンジニアの業務特性とのかかわりがあります。複雑なコーディング作業や長時間の集中を要する開発業務において、個人に最適化された作業環境が重要だからです。固定席なら、デュアルモニターなどの開発に必要な機器を常設し、自分好みにカスタマイズした作業環境を維持することができます。
エンジニアの業務は、他の職種とは異なる特殊な特性を持っています。具体的に、どのような特性が固定席との相性のよさにつながっているのでしょうか。
エンジニアの業務において、複雑なコードの作成やデバッグ(不具合・バグの発見・修正作業)には長時間集中する必要があります。フリーアドレス制では、毎日異なる席で周囲の環境や人が変わることで気が散りやすく、また他の人が近くで電話をしたり会話をしたりすることで集中力が途切れがちです。一方、固定席では、個人に最適化された静かで快適な作業スペースを確保でき、周囲の状況が予測できるため、中断のない深い集中状態を維持することができます。
また、エンジニアの作業環境は個人によって大きく異なります。固定席なら、自分専用のデスク環境を維持可能です。毎回のセットアップ時間が不要となり、作業開始までの時間を最小限に抑えることができるでしょう。複数のモニターセットアップや周辺機器の配置など、個人の好みに合わせた環境のカスタマイズも行えます。エンジニアは、このように個人最適化された環境があると作業に没頭しやすく、より高い生産性を実現できます。
チーム内のコミュニケーションは、エンジニアの業務効率にも大きな影響を与えます。固定席環境では、チームメンバー間ですぐにコミュニケーションがとれるため、開発における課題解決をスピーディに行うことができるでしょう。とくに技術的な問題が発生した際、近くに座っているチームメンバーに気軽に相談できる環境は、問題解決の時間を大幅に短縮することにつながります。
また、固定席環境では、ペアプログラミングの実施が容易になります。ペアプログラミングとは、2人のプログラマーが1台のコンピューターを共有しながら共同でコーディングを行う手法です。この開発手法は、コードの品質向上やバグの早期発見・知識共有の促進に効果的であることが知られています。固定席であれば、必要に応じて即座にペアプログラミングを開始することができ、開発効率が高まります。
エンジニアの固定席オフィスには、さまざまなメリットがあります。これらのメリットは、個人の生産性向上だけでなく、チーム全体のパフォーマンスや企業の成長にも大きな影響を与えています。実際に、どのような点が具体的なメリットとして挙げられるのでしょうか。また、それらはエンジニアの働き方にどのような変化をもたらしているのでしょうか。
エンジニアの固定席オフィスにおける最大のメリットの一つは、業務効率の大幅な向上です。固定席では、出社時に自分の席に着くことで仕事モードへの切り替えが明確になり、一日の時間管理をしやすくなります。また、毎日同じ環境で作業することで、個人の作業リズムが自然と確立され、効率的なルーティンが形成されるでしょう。
さらに、固定席では説明書やプロジェクト関連資料を自分の席に整理して保管できるため、必要な情報をすぐに確認可能です。書類やドキュメントの管理が効率化され、探し物による時間のロスを最小限に抑えられます。デュアルモニターやキーボード・マウスなども自分好みの配置にセットでき、作業環境の一貫性が保たれる点も使いやすさの一つと言えます。
エンジニアの固定席オフィスは、メンタルヘルスの観点から見ても、メリットとなります。例えば、デスクやその周辺を自分専用の空間として確保でき、オフィスにおける「自分の居場所」が明確になることが挙げられます。個人スペースの確保は、ストレスの軽減と心理的な安定性の向上につながるのではないでしょうか。
固定席環境では、一貫した作業環境を維持できることが、エンジニアの心理的安定性(チームメンバーが心配や不安を感じることなく、自由に意見を出し合える環境)を高めます。また、資料や個人の小物を自由に配置でき、快適で居心地のよい空間を作り出せます。さらに、毎日同じ環境で作業することで、業務への集中力が自然と高まると同時に、心理的な負担が軽減されます。
固定席制度は、企業の採用活動においても重要な強みとなっています。まず、快適な作業環境を提供する固定席は、求職者に対して「働きやすい職場」というポジティブな印象を与えてくれるでしょう。とくに、エンジニアにとって、自分専用の作業スペースが用意されていることは、企業が技術者の生産性と快適性を重視していることの表れとして受け止められます。
固定席制度は、長期的なキャリア形成をサポートする環境としても機能します。安定した作業環境で集中して技術力を磨けることや、チームメンバーとの継続的な知識共有ができる環境が、エンジニアの成長をサポートしてくれます。このように、固定席を必要とする職種において、企業の採用競争力を高める要素になり得るのです。
オフィスをデザインする際には、企業それぞれのビジョンや業務内容に合わせたプランを考えることが大切です。WORK KITでは、固定席を採用している企業のオフィスデザインも手がけています。今回は、そのようなオフィスから4企業を厳選して紹介します。
エネルエックス・ジャパン株式会社
脱炭素社会や分散型社会の実現に向けたソリューションを提供する企業の事例を紹介します。固定席を基本としながら、部署や用途に応じて昇降デスクや120度デスクなど多様な席種を採用しました。社員一人ひとりの業務スタイルに合わせた快適な作業環境を実現しています。
固定席のメリットを活かしつつ、スペースの有効活用も意識した設計です。既存の什器を効果的に活用しながら新規のものと調和させることで、コスト面でも効率的な環境となりました。また、リフレッシュスペースにはリビングのような寛ぎの空間を設け、業務エリアとの明確な区分けを行うことで、メリハリのある働き方をサポートしています。
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株式会社NTTデータ様
データ通信やシステム構築を手がける企業のオフィス事例です。業務効率を最大限に引き出す固定席レイアウトを採用しました。固定席エリアの通路にひかれたラインは、自然な人の流れを生み出すとともにチーム間の適度な距離感を保ってくれます。また、窓からの眺望を活かした開放的な空間設計により、長時間のデスクワークでも快適に過ごせる環境を実現しました。
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CellMark Japan株式会社様
北欧デザインの洗練さと温かみを見事に融合させたオフィスです。ワークスペースでは固定席を採用しながら、ブレイクアウトスペースとの自然な連続性を実現しました。床材の違いによって空間を緩やかに区分け、スウェーデン発祥の「Fika(フィーカ)」と呼ばれるコーヒーブレイク文化も取り入れた快適な環境を作り出しています。企業のアイデンティティを示すファイナンシャルレポート専用の本棚や、さりげなく配置されたロゴマークなど、細部まで配慮された空間デザインです。会議室の壁面には企業ビジョンを表現したグラフィックを施し、社内外へのブランディング効果も高めています。
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ゲーム開発に特化した企業として、働きやすさを追求した固定席オフィスを実現しています。全面窓からの自然光を活かした明るい空間設計で、ホワイトとウッド調を基調としたインテリアが、落ち着きと温かみのある雰囲気を演出しています。
固定席エリアでは、一人ひとりに十分なスペースを確保し、デュアルモニターやカスタマイズされた機器を置いています。チーム単位でまとまったレイアウトにすることで、スムーズなコミュニケーションと効率的な作業環境を実現しています。
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実際に、固定席をオフィスに導入する際には、適切な環境づくりが必要です。ただ、机と椅子を並べるだけでは、エンジニアの生産性を最大限に引き出すことはできません。では、どのような工夫が必要なのでしょうか。
デスクレイアウトは、エンジニアチームの生産性と協働を最大限に引き出すための重要な要素です。一人ひとりのデスクスペースをしっかり確保したうえで、チームメンバー同士が近接して座れる配置にして、気軽に相談や情報共有ができるようにします。技術的な課題への迅速な対応や、チーム内コミュニケーションが自然と促進されるでしょう。
また、各チームの活動状況や進捗を可視化するための情報共有ボードを設置できるスペースを設けてみてください。プロジェクトの透明性が向上し、チーム間の風通しがよくなると同時にスムーズな連携を実現できます。
個々の効率的な業務遂行とチームコラボレーションを実現するために、オフィス内には多様な用途に適したスペースを設けることも必要です。例えば、気軽なミーティングやブレインストーミングのための小規模な会議スペースを各フロアに配置すれば、チーム単位の気軽なコミュニケーションを促進できます。
一方で、集中作業が必要な場面に対応するため、防音性の高い一人用ワークスペースやオンライン会議専用の個室も必要不可欠です。さらに、2~3人規模のプロジェクトチームが集中して作業できる小規模な部屋を用意することで、より密度の高い協働が可能となるでしょう。
快適な環境を作るには、自然光を活用しながらも、作業に適した照明設計が重要です。適切な明るさと色温度の調整により、目の疲労を軽減し、長時間の集中力を維持することができます。窓際の作業スペースを効果的に配置することで、自然光による心地よい空間を生み出せます。しかし、天候や時間によって変化する自然光は、必ずしもエンジニアの作業環境に適しているとは言えません。ブラインドやカーテンなどを利用して、安定した光環境を作ることも必要です。
また、最適な温度・湿度の管理と空気質の改善も、エンジニアに限らずオフィスにおいて必要な要素です。空調システムによる適切な温度管理(夏季26℃・冬季22℃程度)と、加湿器の設置による適度な湿度維持(40-60%)により快適な作業環境を保つような工夫をしましょう。また、定期的な換気と空気清浄機の設置により、クリーンで新鮮な空気環境を確保・維持してください。
固定席オフィスには、メリットもある反面、課題もあります。しかし、最新のテクノロジーやオフィスデザインの進化により、これらの課題を克服する解決策が次々と生まれています。従来の固定席の概念を超えた、新しい発想とソリューションによって、どのように解決していけるのでしょうか。
固定席では、スペースを効率的に使えない点が大きな課題の一つです。モジュール式の家具システムは、スペースの有効活用に一役買ってくれます。これらの家具は、必要に応じて組み合わせや配置変更が可能で、チームの規模や作業内容に応じて柔軟にスペースを調整できるからです。
プロジェクトの進行状況に応じて柔軟に対応できるフレキシブルスペースの確保も重要です。一時的なプロジェクトチーム向けの作業エリアを設けることで、短期的な協業ニーズにも対応できます。プロジェクトの特性に合わせたカスタマイズを併用することで、固定席制度の利点を活かしながら、現代の多様な働き方に対応できる効率的なオフィス環境を実現することができます。
固定席・フリーアドレス制に関わらず、これからのオフィスでは、AIやIoTテクノロジー(センサーやネットワークを活用してオフィス環境を自動制御・最適化する技術)と融合し、よりスマートな働き方を実現する基盤として進化していくでしょう。固定席においては、環境センサーやAIによる個人の作業パターン分析を活用し、各エンジニアに最適化された照明や温度調整が自動的に行われる「スマート固定席」の導入が進むのではないでしょうか。
これからのオフィスの在り方として、バーチャルリアリティ(VR)やホログラム技術(3次元映像を空中に投影・表示)を活用したハイブリッドワークスペースの構築が注目されています。固定席に居ながらにして、リモートチームメンバーと場所を超えた効果的なチーム協業を実現します。
固定席制度は、エンジニアの業務特性にマッチしており、最新の技術を組み合わせることで新たな価値を生み出しています。個人の集中力とチームの協働性を高める環境整備は、単なる座席配置の問題を超えて、組織の生産性向上における重要な要素となっています。
今後も技術の進化とともに働き方は変化し続けますが、エンジニアの業務における固定席の価値は、より洗練された形で進化していくはずです。エンジニアに限らず、働き手にとって業務効率やモチベーション向上につながるオフィス設計は、ますます必要とされていくでしょう。