人生100年時代を迎えるにあたり、長く健康的に働けるかどうかは重要な課題の一つです。健康経営、ウェルネスを意識した働き方など、心身の健やかさに着目したオフィスデザインも増えています。そのような流れの一つとして、バイオフィリックデザインも注目されてきました。
本記事では、バイオフィリックデザインとは何か、どのようなメリットがあるのかを詳しく解説します。取り入れるときのポイントや国内外の事例も合わせて紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
バイオフィリックデザインとは、人間と自然とのつながりを重視して、建築やインテリアに自然の要素を取り入れるデザイン方法です。植物・自然光・水・香り・音など、五感を通じて自然を感じられる要素を空間設計に加えます。
アメリカの生物学者 エドワード・O・ウィルソンが1984年に提唱した「バイオフィリア理論」に着想を得て、デザインに落とし込まれました。「バイオフィリア理論」では、人間は生まれつき自然や生き物とのつながりを求める本能的な欲求が備わっているとされています。
コロナ禍において、家にいる時間が増えたことから、自然をより近くに感じられる生活を送りたいと望む人が増えたと言われています。バイオフィリア理論が確立されてから約40年の時を経て、家庭や仕事における自然との関わりの重要性が再注目されたと言えるかもしれません。
オフィスにバイオフィリックデザインを取り入れると、従業員だけでなく企業にもメリットがもたらされます。バイオフィリックデザインによってオフィスで得られる、ポジティブなポイントを詳しく解説します。
植物や自然光は、ストレスを軽減させ、気分を前向きにする効果があります。自然との触れ合いは、心理的な安らぎをもたらし、全体的な幸福感を高めることにつながります。その結果、従業員の健康と幸福度を向上させてくれるでしょう。
ロバートソン・クーパー社による調査「ヒューマン・スペース:世界中の職場におけるバイオフィリックデザインの効果」を参照すると、緑化されたスペースが職場にあるとポジティブな気持ちを感じると答えたワーカーは全体の半数近くでした。
日本でも、国土交通省や環境省・自治体で着目しており、積極的な導入を促しています。
川崎市が2022年に実施した「バイオフィリックデザインの活用に向けた実証実験」調査では、植栽を導入したあとで満足度が上がったと感じる声は7%上がるという結果です。
バイオフィリックデザインは、肉体的・精神的・社会的に満たされ、幸福・健康である状態=ウェルビーイングにつながると言えるのではないでしょうか。
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バイオフィリックデザインは、生産性と創造性の向上にもよい影響があります。緑や自然光による集中力を高めストレスを軽減する効果は、作業効率を上げてくれるでしょう。
また、自然との触れ合いは、脳の活性化を促すと言われます。リラックスできる状態は、新しいアイデアの創出につながるのではないでしょうか。穏やかで満たされた環境では、ワーカーどうしのコミュニケーションも活発化します。チームや部署を越えた会話やリラックスした雑談のなかからも、ポジティブなアイデアが生まれやすくなります。
植物や自然の景観は、視覚的な安らぎを提供してくれるでしょう。その結果、従業員のストレス軽減と集中力の向上に大きく貢献します。リラックス状態は右脳優位となり、自律神経のバランスが整い、集中力が高まると言われています。一定の緊張感やストレスも、瞬発的な集中力を生み出しますが、毎日の仕事をコンスタンスに行うためには、リラックスできる環境が重要です。
後から詳しく解説しますが、バイオフィリックデザインでは、観葉植物や自然音・水の要素を取り入れます。視界に入る緑の植物の割合を示す「緑視率(りょくしりつ)」が10~15%あると、作業効率が上がります。また、自然音や水の要素は騒音をやわらげてリラックス効果をもたらしてくれるでしょう。
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バイオフィリックデザインの導入は、企業イメージの向上も期待できます。環境に配慮した先進的なオフィスは、顧客や取引先に好印象を与えるのではないでしょうか。企業の社会的責任(CSR)への取り組みをアピールすることができます。また、従業員にとっても、快適で健康的な職場環境は大きな魅力となり、職場満足度の向上につながります。
自然を取り入れた魅力的なオフィス空間は、優秀な人材の獲得や定着率の向上にも効果が期待できます。さらに、従業員の健康増進や生産性向上が、企業全体のパフォーマンスに結び付き、結果として、企業価値の向上をもたらします。このように、バイオフィリックデザインは、企業と従業員の双方にメリットがあると言えるでしょう。
バイオフィリックデザインがもたらしてくれる多くのメリットは魅力的ですが、導入には課題もあります。ここでは、考えられる課題・注意したいポイントを解説します。取り入れる前にしっかりと検討してみてください。
バイオフィリックデザインの導入には、初期投資が必要です。高品質な植物や特殊な照明システム、自然素材の家具などは、通常のオフィス設備よりも高価になることがあります。また、継続的なメンテナンスコストも考慮しなければいけません。植物の手入れや特殊設備の管理には、専門知識や定期的な費用も見込んでおきましょう。
しかし、長期的には従業員の生産性向上や健康増進によるコスト削減効果が期待できます。初期投資と長期的なメリットのバランスを慎重に検討することが重要です。
バイオフィリックデザインを取り入れた後は、継続的なメンテナンスが不可欠です。植物の手入れや特殊設備の管理には専門知識と定期的な作業が必要となり、これが大きな課題となります。しかし、適切な植物の選択や自動灌水システムの導入、専門業者との連携によってメンテナンス負担を軽減できます。
また、従業員参加型の植物ケアプログラムを実施してみてもよいでしょう。チームビルディングにもつながり、メンテナンスを前向きな活動に変えることも可能です。
バイオフィリックデザインを導入する際、アレルギー反応を引き起こす可能性のある植物や素材に注意が必要です。花粉アレルギーや特定の植物に反応する従業員がいる場合、低アレルゲン性の植物を選択したり、空気清浄機を設置したりするなどの対策をする必要があるでしょう。また、アレルゲンの蓄積を防ぐために、定期的な清掃や適切な換気システムの導入を検討してみてください。従業員の健康と快適性を最優先に考え、アレルギーに配慮したバイオフィリックデザインを実現することが大切です。
既存のオフィス空間にバイオフィリックデザインを取り入れる際は、段階的なアプローチが効果的です。業務の妨げにならないような導入を検討します。まず、観葉植物の導入や自然光を活かした照明の調整から始めるとよいでしょう。
壁面緑化や水の要素の追加は大きな変化になるため、予算と空間に応じて検討してみてください。既存の家具や内装に自然素材を取り入れたり、自然をモチーフにしたアートワークを飾ったりするのも有効な方法です。従業員の意見を取り入れながら、徐々に自然要素を増やしていくことで、快適で生産性の高い環境づくりが可能になります。
バイオフィリックデザインは、自然と調和したオフィス空間を生み出します。ここでは、効果的な導入のためのポイントを詳しく解説します。
自然光の活用は重要なポイントです。大きな窓や天窓を設置し、屋外の光を最大限に取り入れましょう。自然光は従業員の気分と生産性を向上させ、サーカディアンリズムを整えることで睡眠の質も改善します。
窓の配置や大きさを工夫し、一日中自然光が入るようにデザインします。光を反射させる素材で室内の奥まで光を届けます。自然光の効果的な活用は、エネルギー効率化と電気代削減にもつながります。
自然光の調整が難しい場合は、サーカディアンリズムを考慮した人工照明を導入しましょう。色温度や明るさを従業員の体内時計に合わせて調整することで、自然な生体リズムを維持し、健康的な労働環境を作れます。
最新のライティングコントロールシステムは、日中の光の変化を再現できます。朝の爽やかな青白い光から、昼の明るい白色光、夕方の温かみのある光へと変化させ、より自然に近い快適なオフィス空間を実現できます。
バイオフィリックデザインの重要なポイントは、自然素材の効果的な活用です。木材や石材を内装に用いることで、温かみと落ち着きを演出できます。木目を生かした壁面パネルや床材、天然石のアクセントウォールが効果的です。自然由来のテキスタイルも、視覚と触覚で自然を感じさせます。オーガニックコットン、リネン、ウールなどを、カーテンやクッション、椅子の張地に使用するのもおすすめです。
また、有機的な形状の家具配置で、より自然な雰囲気を醸成できます。曲線を多用したデザインや、木の枝葉をモチーフにした家具は、直線的なオフィスに柔らかさをもたらします。
水の要素を取り入れると、オフィスの快適性が向上します。室内噴水や水壁は視覚的魅力と心地よい音でリラックス効果を生み出します。アクアリウムは生き物の観察を通じてストレス軽減に貢献します。
雨音や水の流れを再現する音響システムも、自然の中にいるような感覚を与え、集中力を高めます。これらの水の要素は従業員の健康にもよい影響を与えてくれるでしょう。卓上噴水やアクアリウムの設置、休憩室での水音の導入など、様々な方法で水の癒し効果を日常的に取り入れてみてください。
窓からの緑や自然の景色をオフィスに取り入れ、従業員の安らぎとストレス軽減を図りましょう。大きな窓の設置や緑地に面したオフィス配置で、自然との視覚的つながりを強化できます。
自然をモチーフにしたアートワークも効果的です。風景画や写真、植物や動物をテーマにしたオブジェで、直接的な自然環境がなくても自然を感じられる空間を作れます。最新技術を活用したバーチャルウィンドウも、窓のない空間でも自然の景色や季節の変化を再現し、心理的快適性を向上させます。
空気の質向上も重要です。植物は自然な空気清浄機として機能し、二酸化炭素を吸収し酸素を放出するだけでなく、有害なVOCも除去します。アレカヤシ・サンスベリア・ポトスなどは、特に効果的です。
最新の空気清浄システムも有効です。空気清浄機や光触媒技術を用いた浄化システムは、花粉・ほこり・微生物を除去し、清浄な環境を維持してくれるでしょう。自然換気システムを導入すれば、外気を効率的に取り込み、室内の空気を循環させることができます。これにより、常に新鮮な空気を供給し、従業員の健康と快適性を向上させることができます。
自然と調和したワークスペースを創造するバイオフィリックデザインを取り入れたオフィス。実際の導入方法は、植物の設置や自然光の活用・自然素材の使用など、さまざまな方法があります。ここでは、具体的な手法と注意点を詳しく解説します。
観葉植物の設置は、バイオフィリックデザインを取り入れる簡単な方法です。視覚的な美しさに加え、空気浄化や湿度調整・ストレス軽減効果があります。
選ぶ際は、光の当たり具合と手入れの簡単さを考慮してください。サンスベリアやポトスなど丈夫な種類がおすすめです。スペースが限られている場合は、デスクトップサイズの小さな植物を各従業員のワークスペースに配置するのも良いでしょう。
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壁面緑化システムは、限られたスペースで豊かな緑を取り入れる効果的な方法です。視覚的魅力を高めるだけでなく、空気質改善や騒音低減にも貢献します。
導入時は適切な植物選択と維持管理が重要です。耐陰性のある植物や水やりの少ない種類がおすすめです。自動灌水システムやLED照明の併用で、メンテナンス軽減と緑化効果向上が可能です。
壁面緑化は従業員の生産性向上やストレス軽減に寄与し、バイオフィリックオフィスの象徴となります。また、企業の環境への取り組みを視覚的に表現する役割も果たします。
屋内庭園やアトリウムは、オフィスに自然の豊かさを取り入れ、癒しと活力を与える空間です。様々な植物や水景を配置し、自然の多様性と季節の変化を感じられる環境を提供します。
アトリウムは建物内部の大きな吹き抜け空間で、自然光を最大限に取り入れます。このような開放的な空間は、リフレッシュやミーティングの場として活用でき、空気循環を促進します。従業員の健康と生産性向上に貢献するだけでなく、企業の価値観を体現する場となるでしょう。
ハーブガーデンやベジタブルガーデンの設置は、従業員に自然との触れ合いを提供し、五感を刺激します。新鮮な野菜を育てることで、食育と健康的なライフスタイルを促進します。また、これらのガーデンは従業員間のコミュニケーションを活性化し、リフレッシュの機会を提供します。
定期的な手入れや収穫作業を通じて、心身のバランスを整え、自然のサイクルへの意識を高めます。環境への配慮も促進され、エシカルな意識の向上にもつながります。
最近の事例として、麻布台ヒルズの大規模緑化プロジェクトが注目を集めています。このような先進的な取り組みは、オフィス環境にも応用可能で、今後のワークスペースデザインに影響を与えると考えられます。
国内外で多くの企業が、バイオフィリックデザインを導入しています。ここでは、3つの事例をご紹介します。
アメリカ・シアトルにあるAmazon本社は、都会の喧騒の中にグリーンのオアシスを創出した、バイオフィリックデザインを取り入れたオフィスです。一般の人々も予約制で見学できるこの施設には、世界30か国以上から集められた4万株を超える植物が育てられています。館内の至るところに、自然とのつながりを感じられる工夫が施されており、訪れる人々を魅了しています。
出典:https://www.aboutamazon.jp/news/amazons-offices/office-tour-seattle-the-spheres
アメリカ・カリフォルニアに移転したApple社の本社ビルも、バイオフィリックデザインを取り入れたオフィスとして注目を集めています。ドーナツ型の4階建てガラス張りの建物には、12,000人の従業員が働いています。
スティーブ・ジョブズは「オフィスパークではなく、自然保護区のように見せたい」という想いを持っていました。その結果、干ばつに強い木々や人工池を設けるなどの工夫がなされました。さらに、環境への配慮から、電力はすべて太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーを利用しています。
出典:https://www.apple.com/retail/appleparkvisitorcenter/
大和ハウス工業が、グループ社員の研修やさまざまな人々との価値共創、学びを育む場として設立したのが「みらい価値共創センター コトクリエ」です。社会とともに未来の価値を創造する人材を育成する場として、広く一般にも開放されています。施設内にある「Biophilic STUDIO」は、水のモニュメントと植栽、ハイレゾ自然音、そしてアロマを取り入れたバイオフィリックデザインの空間です。
出典:https://www.daiwahouse.co.jp/ir/dxar/2021/open_innovation/kotokurie.html
バイオフィリックデザインは、オフィス空間に自然要素を取り入れることで、従業員の健康と幸福度を向上させる革新的なアプローチです。植物、自然光、水の要素などを活用し、ストレス軽減、生産性向上、創造性の促進を実現します。
導入には課題もありますが、長期的には企業価値の向上につながります。自然光の活用、照明の工夫、自然素材の使用、空気質の改善など、様々な方法で実践可能です。Amazon SpheresやApple Parkなど、先進的な事例も増えています。バイオフィリックデザインを導入して、健康的で生産的なワークスペースを実現させてみてはいかがでしょうか。